光造形法の樹脂開発からみた今後の展望

−光造形法による少量生産技法の可能性−

帝人製機(株) 樹脂開発部

田村 順一・萩原 恒夫 (現 シーメット(株))


第1章 はじめに

1981年小玉氏によって提唱された液状感光性樹脂を用いた3次元光造形シス テムは,目覚ましい技術開発の成果により,顕著な発展をみ,最近各方面で注目を 集めるようになった。特に3次元CADの普及に連れて各分野に急速に採用される ようになった。3次元造形システムとしては@液状樹脂を用いる方式,A熱可塑性 樹脂を用いる方式,B紙を薄膜積層する方式等があるが,現状では一長一短があ る。ここでは液状紫外線硬化樹脂を用いた3次元光造形システムについて,特段こ のシステムにおける樹脂の現状及び将来動向の面から考察を試みた。  

第2章 光造形用紫外線硬化樹脂

光造形システムの概要は既に周知であり,ここでは割愛する。

一般的に光を高分子化学の領域に活用する手段は非常に多岐に亘っている。第1 表に示したように,光エネルギ−によって光架橋反応,光重合反応を行い,液状感 光性樹脂の溶解性を変化させ液状から固体状樹脂に見掛け上変化させる物理的挙動 を,大量の液状感光性樹脂中で採用し,その結果として造形物を得る方法が光造形 システムの基本概念である。従って,重合方式としてはバルク重合,溶液重合,懸 濁重合,乳化重合等の一般的重合形式とは若干異なった重合挙動の可能性を十分配 慮して考察しなくてはならない系でもある。

表-1 光と高分子化学

本システムに用いられる液状紫外線硬化樹脂は一般的に第1図に示した組成から 構成されていると考えてよい。

fig-1

光重合性オリゴマ−(広義の単量体を含む重合主剤)反応性希釈剤,光重合開始剤 が必須要件であり,これらに必要に応じて光重合助剤,添加剤,着色剤が配合され ている。

使用される光重合性オリゴマ−(広義の単量体を含む重合主剤)の種類によっ て,現在用いられている光造形用紫外線硬化樹脂の種類は大別してウレタンアクリ レ−ト系,エポキシ系,エポキシアクリレ−ト系,エステルアクリレ−ト系,アク リレ−ト系に識別されているが,今日主流になっているのがウレタンアクリレ−ト 系,エポキシ系である。この両者には一長一短があり,その目的に応じて使い分け られているのが現状であろう。  

ウレタンアクリレ−ト系,エポキシ系を筆者なりに比較したのが,第2表であ る。これら両者で最も異なっているのが重合触媒系である。

表-2 ウレタンアクリレート系とエポキシ系光造形用樹脂の比較

ウレタンアクリレート
(ラジカル重合)

エポキシ系
(カチオン重合)

粘度
反応性
厚膜硬化性
酸素硬化阻害
硬化時収縮率
自己接着性
造形精度
機械物性
ポットライフ















○〜◎

皮膚刺激性
臭気

△〜○
△〜○


材の選択範囲

ウレタンアクリレ−ト系は典型的な光ラジカル触媒であるのに対してエポキシ系 は光カチオンハイブリット触媒系である。光カチオンハイブリット触媒系はイオン 重合系を含み,ラジカル重合系と比較したとき重合速度は遅いが,逐次重合性要素 を持っており重合収縮歪みが小さな傾向がみられる。従って光造形システムにおい て得られた造形物の寸法精度が有利であると信じられている。

またカチオン種はラジカル種と比較して空気による失活が少なく,空気阻害性に 有利であり本システムにおける造形物の造形直後のタッキイ性(ベタツキ性)にす ぐれているともいわれている。

一方ウレタンアクリレ−ト系は高分子主鎖中にウレタン基があり分子間凝集力も 強く,高分子主鎖中にポリエ−テル基を有するエポキシ系樹脂に比べ圧倒的に機械 特性,及び熱的特性には有利であるとみられる。

しかしながら筆者はこの両者に現状ではなく将来性において大きな差異を指摘し たい。すなわちウレタンアクリレ−ト系樹脂は剤の選択範囲がエポキシ系樹脂に比 較して圧倒的に大きいことである。

それはウレタンアクリレ−ト化合物がホトレジストをはじめとした開発の歴史が 古いことにも立脚しているが,後述するように本光造形システムに必然的に求めら れる高速重合の必要性からエポキシ系樹脂の場合には選択される剤の範囲が極端に 制限されている事情に因っている。 すなわち現在使用されているエポキシ系主剤 は特定の脂環族エポキシ化合物に殆ど限定されていると言っても過言ではないから である

第3章 各社の光造形用樹脂

3次元光造形システムの展開が急速に拡大するに連れて各ベンタ−の新規樹脂開 発も活発になりつつある。筆者が把握した各社の代表的樹脂特性はカタログデ −タから第3表の通りである。

表-3 各社の代表的樹脂特性

table-3

また弊社のSOLIFORMTMシステム用樹脂としては第4表に示したごとく デュポン社のSOMOSTMシリ−ズ2100,3100,4100及び弊社独自に 開発したTSRシリ−ズ752,800を上市している。

表-4 SOLIFORMTMシステム用樹脂

table-4

SOMOSTM2100,4100及びTSR752は特殊用途として除外すると してもその他の銘柄は,いずれも特性として汎用プラスチックスであるABS(ア クリロニトリル/スチレン/ブタジエン系)樹脂を一つの目標として開発がすすめ られているものである。しかしながら現在においてもまだその目標に遥かに到達し ていないのが実状でもある。

ABS樹脂は一般的に用いられている代表的汎用樹脂であり,バランスのとれた 優れた樹脂ではあるが一般的合成高分子特性から観たとき,高水準の特性樹脂とは 言えない。そのABS樹脂に遥か及ばない現状水準の光造形用樹脂は極めて低水準 の樹脂であるという認識を我々樹脂開発担当者は持たなければならないであろう。

第4章 光造形用樹脂開発の問題点

前章で述べた様に現状の樹脂開発水準は極めて低水準のものであり問題点が多 い。かかる状況にあることは樹脂開発担当者の責にあると同時に,光造形用樹脂に 求められている要求特性が,従来の樹脂開発とは異なった特異なものである側面も 否定できない。

すなわち,光造形用樹脂への要求特性は

  1. 樹脂粘度が低いこと
  2. 操作現場下での樹脂の安定性に優れること
  3. 硬化スピ−ドが速い(瞬間硬化)こと
  4. 多層積層3次元重合に適していること
  5. 硬化精度が優れていること
  6. 硬化時の体積収縮率が小さいこと
  7. 硬化物の機械特性が優れていること
  8. 人体への安全性が優れていること

等が挙げられる。

このなかで特段3)硬化速度と4)多層積層3次元重合に適していることが本光 造形用樹脂の際立つた特徴である。

硬化速度(重合速度)の面から考察してみると重合領域に照射されているレ−ザ 光の照射時間は積算してもほんの一瞬であり,重合反応は触媒種の寿命範囲で終了 してしまう。すなわち瞬間硬化或いは瞬間重合の必要性が発生する。この間に造形 物を構築するのであるから,多官能原料を採用する場合が多く,これが分子設計上 一つの制限項となっている。

また多層積層3次元重合の側面から見ると,本システムは少なくとも数層から数 千層の積み重ねによる造形であり,層間での重合反応まで十分考慮しなくてはなら ない等,従来のホトレジスト化学で考えられていた,限りなく2次元に近い概念の 延長上では到底超えられない壁が存在する可能性があるみられることである。

少なくともこの二点の概念を念頭に入れて基本的な面から分子設計を企画し,本 光造形用樹脂の開発を実施しない限り現状を打開することはできないであろう。

第5章 機能性樹脂開発

光造形システムは当初形状確認モデルを制作する,所謂3次元CADのプリンタ −機能として登場してきた。

しかしながらシステムの価格面及び得られた造形物の精度面から,日本市場では いちはやく伸び悩み現象を露呈した。かかる観点から光造形システムは新たな用途 開発が求められるようになった。弊社はこの要望に答えるべく用途及び工法を湘南 デザイン株式会社とともに開発検討を試みてきた。その成果について以下若干述べ てみる.

1 真空注形用金型

真空注形法とは周知のようにマスタ−モデルから液状シリコンゴムでゴム型を試 作し,真空状態で液状のウレタン樹脂又はエポキシ樹脂を前記シリコンゴム型に注 傾充填し,加熱バルク重合することによって成形品を得る工法である。この工法に 光造形システムを活用する単純な方法は前記マスタ−モデルを光造形システムで試 作し,一旦シリコンゴム型に反転した後,真空状態で液状のウレタンまたはエポキ シ樹脂を注傾充填し,加熱バルク重合することによって成形品を得る方法で各社が 検討を試みている。

弊社と湘南デザイン株式会社はこのシリコンゴム型と同等品を光造形で直接作る ことによって新規な真空注形工法を創作する試みを検討した。これを可能にしたの が第4表に示したSOMOSTM2100樹脂の存在であった。すなわち特殊機能を 持った機能性樹脂SOMOSTM2100樹脂が切り開いた新たな光造形システムの 用途開発の一例でもある。本工法により数個から数百個の成形品が得られ光造形法 による少量生産システムの一つの成功例が得られた。

2 射出成形用金型

真空注形法で得られる成形品はウレタン樹脂又はエポキシ樹脂或いは所謂LMR (リキッドモ−ルダブルレジン)等に限定され実用部品と同一の樹脂成形品は得ら れない。今一つの光造形法の新規用途は如何にして実部品を効率良く試作するかに ある。

この工法としては真空注形法と同様にして,マスタ−モデルを光造形システムで 試作しアルミニュウム等の金属粉を液状エポキシ樹脂に配合した金属ポリマ−で反 転して射出成形用樹脂型を試作し,射出成形機で所望の熱可塑性樹脂を成型する工 法である。

これに対して我々は射出成形用樹脂型を直接光造形法で試作する方法を模索し た。該工法は単なる工法の短縮(マスタ−モデルからの転写工程の省略)のみなら ず金型設計上革新的手段ともなり得る可能性もあり注目される。本工法の成否の鍵 は,本工法に満足する光造形用機能性樹脂の開発にあった。第4表に示したTSR 752が本工法に用いられる機能性樹脂である。

本工法によって実部品を汎用樹脂ABSで400個の実績も確認された。さらに PC(ポリカ−ボネ−ト)の実績もみられ,光造形法による少量生産の大きな成功 例であると考えられる。

該工法に関しては「型技術11巻第2号p31光造形装置SOLIFORMを取 り入れた型への展開」に詳細に解説されているので詳しくは参照されたい。

第6章 光造形用樹脂の将来展望

光造形用樹脂は形状確認モデル試作と新規用途開拓のための機能性樹脂に当面は 分極されるものと推測する。

1 形状確認モデル

光造形システムの基本用途は形状確認モデル試作である。本用途では現状エポキ シ系樹脂が先行している。しかしながら必ずしも満足した性能を発揮していな いのも実状である。当面の課題は

  1. 寸法精度の向上
  2. 造形物寸法の経時変化の防止
  3. 造形物の機械特性の改善
  4. 造形物の熱的特性の改善

等が挙げられる。

第4章で述べたように本システムでは極めて超短時間に重合反応を終結させ固形 化させなくてはならないため,多官能化合物を大量に用いたり,エポキシ系樹脂の 場合には特定の脂環二官能性エポキシ化合物をその主剤に選ばなければならない等 の制限があり前記課題を完全に解決することは容易ではない。勿論徹底した重合解 析,構造解析を前提とした新たな分子設計により新規な化合物の開発によっては前 記課題の解決も期待できないわけではない。

特段造形物寸法の経時変化の防止に関しては多官能化合物を大量に用いる系では 例えポストキュア等の後処理を施したとしても(エポキシ系樹脂と言えども,それ どころか重合速度から勘案すればエポキシ系樹脂では後処理がない場合には論外) 容易なことでは解決できない可能性が大きい。

筆者が独善的立場で論ずれば,剤の選択範囲の遥かに多いウレタンアクリレ−ト 化合物の方が将来前記課題を解決する確率はまだ高いような感をもつ。がいずれに しても相当困難な課題であることは否めない。

弊社は第4表に示したTSR800を形状確認用樹脂として上市しているが,現 状レベルでは競合他社に遅れを取らないものの必ずしも満足したものではない認識 である。

2 機能性樹脂

形状確認モデル用樹脂についてはユ−ザ側の許容を求めながら漸次解決前進して いく一方で,ユ−ザが求める特殊機能性の樹脂開発が進展していくものと考えられ る。 弊社も鋭意この機能性樹脂の開発を進めていく方針である。

ここでは弊社が開発した射出成型樹脂型用TSR752の展望を述べることで機 能性樹脂の将来展望とさせて戴く。

さきにも述べた如くTSR752は汎用樹脂ABS,PCを数十個から数百個成 型する樹脂金型を提供することに成功した。しかしながらエンジニアリングプラス チックス又はス−パエンジニアリングプラスチックスを射出成型する樹脂型として は耐熱性が不十分であり耐熱性の改善が求められていた。

 この要望に対してTSR753Xの開発を試みた。TSR753Xの特徴は高荷 重熱変形温度(HDT)が少なくとも200℃以上を発現することであり,該樹脂 を前記射出成型樹脂型に採用することによってPPS,ナイロン46等のエンジニ アリングプラスチックス,更にはPEEK,アミドイミド樹脂までのス−パエンジ ニアリングプラスチックスの射出成形が可能と期待されるTSR753Xは現在開発品であり上市の段階には至っていない。

TSR75シリ−ズはベ−ス樹脂に特殊なフィラ−を配合して機能性を発現させ た樹脂である。第2図にはベ−ス樹脂硬化物とTSR753X樹脂硬化物との耐熱 性HDTにおける相関関係を検討したものである。

fig-2

図2 ベ−ス樹脂硬化物とTSR-753X樹脂硬化物との耐熱 性(HDT)における相関関係

ベ−ス樹脂を設計検討することによってTSR753X樹脂のHDTは安定して 250℃に到達することが認められた。しかしその反面一次相関関係以外に明らか な異常集団の存在がある。かかる現象を解析し,新たな分子設計に結びつけること が今後の樹脂開発にとって極めて重要であることを敢えて付け加えたい。

第7章 まとめ

光造形システムは精密機械装置,コンピュ−タソフトウエア,光硬化性樹脂から なる総合システム事業であるとされている。しかしながら最終ユ−ザが実際利用す るのは造形物言い替えれば樹脂そのものである。その他のものは樹脂を造形するた めの単なる手段に過ぎないとも言える。このように考えてくると樹脂開発担当者に 課せられた責務は極めて大きいと言わざるをえない。心して研究開発に取り組みた いものである。

最後にあたって機能性樹脂の応用展開に共同で担当された湘南デザイン株式会社 の松岡社長,北部長に深謝の意を表したい。

Futiure trend for rapid prototyping resins

- Possibility of small quantity production using rapid-prototyping -

Abstract

Current situation and future trend for rapid-prototyping resins are discussed. Both urethane- acrylate base resins and epoxy base resins for ultraviolet laser are currently most popular, but characteristics of hardened material are not always satisfied with user demands, because the rapid-prototyping system has much restriction. By special resins developed by user demands we succeeded in making new ways for small quantity production, directly building vacuum casting dies and injection molding dies. These typical examples are presented.


本解説はオプトロニクスNo.4, 119 (1996)に掲載されたものをHTMLにしたものである。